REVIEW

映画・ドラマ・ドキュメンタリー評

映画「ボルグ/マッケンロー 炎の男と氷の男」

2023.07.10 / 山口奈緒美(テニスライター)

スリリングなライバル物語が映し出すテニスというスポーツの過酷さ

男子テニスのライバル史において、2000年代以降にロジャー・フェデラー、ラファエル・ナダル、ノバク・ジョコビッチの「ビッグ3」が繰り広げた超ハイレベルで長期間にわたる記録に匹敵するものを、他の時代に探すことは難しい。しかしそれ以上に深い印象を、この二人に抱いているテニスファンも少なくないだろう。

ビヨン・ボルグとジョン・マッケンロー。今でも解説者や貴賓席の主役としてテニスシーンを沸かせるレジェンドだが、彼らの名がそのままタイトルになった映画がある。原題は「Borg vs. McEnroe」。制作したスウェーデンで2017年に公開されて話題となり、アメリカや日本でも翌年公開となった作品だ。彼らが決勝で戦った1980年のウィンブルドンに焦点を当て、それぞれの意外なバックグラウンド、華やかなテニス界の表と裏を、実話をもとに描いている。

伝説の試合の映画化に寄せられた期待と不安

1980年のウィンブルドン決勝は、5連覇のかかった24歳の王者ボルグに対し、前年の全米オープンでメジャー初制覇を果たした3歳年下のマッケンローが芝の聖地の初栄冠に挑んだ一戦だ。ウィンブルドン史に残るベストマッチとして今なお上位にランクされる名勝負で、特に18-16というスコアをつけた第4セットのタイブレークは「伝説のタイブレーク」と呼ばれる。ボルグのチャンピオンシップポイントを5度しのいだマッケンローが、自身7度目のセットポイントをついにものにし、セットをタイに持ち込んだ。タイブレークのないファイナルセットは8-6。ボルグが芝に両膝を落とし、拳を握りしめた瞬間を見た者は今も心震えるに違いない。

あれほどのドラマチックな試合が映画になるというニュースに、当時、ファンは期待とともに大きな不安を感じていた。マッケンローはそれを代弁するようにこんな皮肉をメディアに語ったものだ。

「テニスプレーヤーでさえ同じプレーを再現するのは難しいのに、テニスのできない俳優でどうやって試合のシーンを撮るというのか。嘘くさく見えるだろう。コート以外のところで話を進めてほしいものだよ。僕は何の取材もされていないし、脚本も見せてもらっていないんだから、それすら期待はできないがね」

マッケンローを演じたシャイア・ラブーフ(左)とボルグを演じたスベリル・グドナソン 写真提供:GAGA

似た者同士なだけに芽生えた理解と敬意

マッケンローを演じたアメリカ人のシャイア・ラブーフは確かにテニス経験が乏しく、しかも自身の利き腕ではない左でラケットを持たなくてはならないのだから、劇中で見事な腕前を披露したとは決して言えない。しかし、カット割りや実際の試合映像の挿入の妙もあって、長い試合のシーンも白けてしまうような嘘くささではない。それに、私生活でのスキャンダルが多いラブーフは、テニス界の嫌われ者だったマックの悪童ぶりと、その裏に潜む悲哀や純粋さを巧く表現している。

「最初に脚本を読んだとき泣いてしまったよ。マッケンローには愛情と敬意しかない」

ラブーフは当時のインタビューでそう語っている。ただ、ボルグの母国であるスウェーデンにデンマークとフィンランドが加わった北欧3カ国の合作なだけに、主役は間違いなくボルグだ。演じたのはスウェーデン人のスベリル・グドナソンで、彼が母国の英雄の役に抜擢された最大の理由は、とにかく若き日のボルグに容姿が非常によく似ていたからだと言われる。

興味深いのは子供時代の回想シーンで、特にボルグは世界中に浸透していた彼のイメージとは真逆だ。無礼で傲慢で、キレやすい。邦題に「炎の男と氷の男」という副題が添えられているように、二人のキャラクターは正反対と認識されているが、実は似た者同士であることに観客は気付かされる。「氷」のボルグはその成長過程において生来の「炎」を封印したのだ。だからボルグはマッケンローの行動を理解するし、その視線はどこか優しい。マッケンローのボルグに対する憧れや敬意も随所に感じられ、静かに芽生える友情の描写に心を動かされる。

ボルグの気質の形成に深く関与したコーチ、レナート・ベルゲリンとの関係性は、ボルグを知る上で欠かせないストーリーの柱となっている。子供時代を演じているのが実の息子のレオ・ボルグであるということも、本筋とは無関係だが触れておきたい。

ボルグとマッケンローが実際にコートで戦った期間は短く、1978年から81年までのわずか3年足らずだった。対戦成績は通算7勝7敗のタイ。うち決勝での対決は9回に及び、マスターズのラウンドロビン(総当たり予選リーグ)を除けば、全て準決勝以上での対戦だった。このスリリングなライバルの物語をもっと長く見続けることができなかったのは、ボルグが26歳の若さで引退してしまったからにほかならない。そんな結末を迎える背景にあった王者の孤独や重圧、極限まで神経を擦り減らすストイックな日常、それらはテニスというスポーツの過酷さを映し出す。

1983年にボルグが引退を正式に発表したとき、前年のウィンブルドン決勝でリベンジしていたマッケンローは撤回するよう説得を試みたという。そのときのショックと寂しさをマッケンローはのちに語っている。エンドロール中に残る余韻の切なさは、物語の続きを知ればこそなのかもしれない。

「ボルグ/マッケンロー 氷の男と炎の男」
ブルーレイ 4,800円(税抜)DVD 3,800円(税抜) 販売元:ギャガ

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