2026全豪オープン・レビュー 新王者と新女王を支えた強いモチベーション

史上最年少生涯グランドスラム達成
大会史上最多の136万8043人もの観客を動員した21日間(予選含む)の熱戦の最終日は、歴史的な盛況のクライマックスにふさわしい新旧王者対決が実現した。どちらが勝っても大記録が生まれる。第1シードのカルロス・アルカラスなら史上最年少での生涯グランドスラム達成、第4シードのノバク・ジョコビッチなら男女を通じて史上最多となる25回目のグランドスラム優勝と最年長でのグランドスラム優勝という。ファンはどちらのドラマを待っていただろうか。
世紀の一戦は、熱すぎる期待に及ばず3時間2分で決着し、咆哮(ほうこう)を上げてメルボルンの夜空を仰いだのは22歳のアルカラス。88年ぶりに塗り替えられた記録を目にした感激の一方で、人々は立ち会うことができなかったもう一つの偉業に寂寥感を抱いていた。長く続いたビッグ3全盛期に、あらゆる種類の「史上最高」、極上のドラマを見てきた私たちは、その中の最後の戦士----ヒール役を担わされながら最強に君臨した元王者の執念の残り火に心を寄せずにはいられなかったのだ。
3連覇を狙うヤニック・シナーとの準決勝、夜中の1時を過ぎたセンターコートで、「ここでこんなに熱いサポートを感じたのは初めてだ」としみじみとスタンドを見上げた。シナーにはこれまで5連敗を喫し、その中で奪ったセットはわずか二つだったのだ。ヤング・ジョコビッチとも呼ばれる鉄壁の守備と、精密機械とたとえられる研ぎ澄まされたショットに対し、38歳になった本家は体力が懸念されたファイナルセットに突入してから、全盛期を彷彿(ほうふつ)とさせる余力を発揮した。
ファンの後押し以前に、4回戦が不戦勝だったこと、さらには2セットダウンだった準々決勝で相手のロレンツォ・ムゼッティが途中棄権したことも、驚異のパフォーマンスと無関係ではないだろう。しかし、温存したスタミナもそこで使い果たしたか……決勝戦のジョコビッチはどこか性急だった。
第1セットは6−2でジョコビッチ、第2セットと第3セットは6−2、6−3でアルカラス。そこまで約2時間と思いのほかハイペースだったのは、ジョコビッチの仕掛けるタイミングの速さのせいで、その成功率が第2セット以降極端に落ちてきたことがスコアに表れていた。第1セットでわずか4本だったジョコビッチのアンフォーストエラーの数は、第2セットで11本、第3セットは14本に増えた。ショットの制御がきかず、どこかに不調をきたしていることは赤らんだ顔や発汗量からも明らかで、錠剤も口にした。
しかし、起こっていたはずの異変について記者会見でも頑(かたく)なに明かすことはなく、 ただ、復調を見せた第4セットの第9ゲームで握ったブレークポイントでのフォアハンドのミスを悔やんだ。アルカラスのしぶとさと前後左右への絶妙な揺さぶりはジョコビッチの体力を奪い、ファイナルセット突入を許さなかった。

フェレーロ不在の風景
この全豪オープンでは11回目となる表彰式で、ジョコビッチが敗者としてスピーチするのは初めてだ。
「おめでとう。君のすばらしい家族とチームにも祝福を」
右手で指し示したアルカラス陣営の中に、7年来のコーチで父親のような存在だったファン・カルロス・フェレーロはいない。25年末に世間を驚かせたコーチの交代。元世界1位で全仏チャンピオンでもあるフェレーロとともに、6つのグランドスラム・タイトルを獲得し、史上最年少での世界ナンバーワンになり、さらなる大記録がかかった全豪を控えるタイミングである。
交代といっても新しいヘッドコーチは、フェレーロのアカデミーでその前身の時代からコーチをしていたサミュエル・ロペスで、24年からすでにアルカラス陣営に加わっている。つまり、チームからフェレーロが抜けただけで、しかも報じられていたようにフェレーロは本意でなかったというなら、「追い出された」格好になる。
全豪前の会見では、「人生の中の一つの区切りのようなもので、互いに話し合って決めたこと」としか説明しなかったが、こういうものは不満を持つ側からじわじわと漏れるもので、フェレーロにインタビューしたBBC(英国放送協会)などの報道によれば、一方的に求められた新たな契約の中に「受け入れ難い項目」があったという。それが、アルカラスのプライベートに関するフェレーロの過剰な干渉をやめさせるものだという憶測も囁(ささや)かれた。
フェレーロはアルカラスのことを「4人目の子供」というほど可愛がっていたが、その接し方こそがもはや今のアルカラスの地位とバランスがとれなくなったということだろうか。とはいえ、フェレーロに同情的な見方も濃く、絶頂期に環境を変えたアルカラスを不安視する声はあった。当然そんな空気を察知していたアルカラスは、今回のミッションを達成してからこう明かした。
「僕がダメだろうと言う人のことは考えない。僕はただ自分のために、チームのためにプレーした。その結果、僕を疑った人たちが間違っていたことを証明できてよかったよ」
大きな試練は第3シードのアレクサンダー・ズベレフとの準決勝で、脚の痙攣(けいれん)にも打ち勝った5時間27分の激闘だった。誰かを見返してやりたい、誰かの思うツボにはなりたくない、というエネルギーは侮れない。昨年はグランドスラム全てでベスト4止まりだったジョコビッチもまた、こんなことを言ってのけた。
「この何年か、もうやめたほうがいいとかいう専門家の声を何度も聞いた。でも感謝しているよ。そういう声で僕は強くなったから。彼らが間違っていることを証明してやるというのがモチベーションになったからね」

急速に進む選手の若年齢化
そのモチベーションは「25回目」へのチャレンジにあと何度駆り立てるだろうか。「明日のことは神にしかわからない。ましてや半年後、1年後のことなんて」と、いつものように引退の考えについては曖昧(あいまい)にするジョコビッチより先に、今季での区切りを決意したのが、全豪、全仏、全米のタイトルを持つ元世界3位のスタン・ワウリンカだ。今大会最年長の40歳。対ロジャー・フェデラー3勝23敗、対ラファエル・ナダル3勝19敗、対ジョコビッチ6勝21敗とビッグ3には一方的な数字で負け越しているが、彼らとこれだけ戦った現役選手はもう他にいない。美しくパワフルな片手打ちのバックハンドで魅了してきたワウリンカが、最後の全豪で3回戦に進出して会場を沸かせてみせた。
ジョコビッチ、ワウリンカを含め、本戦には30歳以上が23人いたが、実はその数はグランドスラムで過去最多だった10年前の全仏オープンの51人から半数以下に減っている。37歳のマリン・チリッチがワウリンカと同じく3回戦に進んだものの、ジョコビッチ以外に3回戦を突破した30代選手はいなかった。
この現象はランキングにも顕著に現れていて、3位のジョコビッチを除けば、トップ20 に30代は一人もいない。徹底した管理と鍛錬のもとで培ったフィジカル、賞金の高騰による生活の安定で、テニスプレーヤーの選手寿命は伸びていたが、選手の大型化、パワー化が進んだせいか、現状は明らかに若年層が領域を広げている。

2026全豪オープン男子シングルス決勝
〇アルカラス 2-6、6-2、6-3、7-5 ジョコビッチ
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サバレンカが苦手にしている相手
一方、ベスト8の中に10代、20代、30代と入り混じった女子も、決勝は女王争いと銘打つにうってつけのカードになった。2025年の8月以降、世界1位のアリーナ・サバレンカが負けた相手は2人しかいない。うち2敗を喫しているのが、まだ女王経験はないものの22年のウィンブルドンを制したエレナ・ルバキナだ。27歳(サバレンカ)と26歳の同世代のライバルは過去14回対戦(サバレンカの8勝6敗)し、その数は互いにツアーの中で最多の対戦回数になる。2番目に対戦の多い相手はともにイガ・シフィオンテクだったが、今回はルバキナが準々決勝でそのシフィオンテクを勝ちパターンのパワーで押し切り、準決勝で第6シードのジェシカ・ペグラにも6−3、7−6のストレート勝ち。25年10月からの対トップ10の連勝数を8に伸ばした。
サバレンカのほうは、4回戦で19歳のビクトリア・エムボコ、準々決勝では18歳のイバ・ヨビッチという期待の10代を連破したあと、全豪初の準決勝進出を果たした31歳のママさんプレーヤー、エリナ・スビトリーナを一蹴。両者とも6試合でセットを落とさず決勝まで勝ち進んできた。
182cm(サバレンカ)と184cmが繰り広げるパワフルでダイナミックな攻防は、第1セットをルバキナ、第2セットはサバレンカがものにした。ファイナルセットも第2ゲームをブレークして流れをつかんでいたサバレンカだったが、ルバキナが5ゲームを連取して優勢を取り戻す。
印象的だったシーンが、その狼煙(のろし)をあげた第4ゲームにあった。ファーストサービスのフリーポイントで2ポイントを連取して軽快にスタートしたあと、サバレンカのドロップショットでの揺さぶりに対応できず、さらに強烈なリターンエースを奪われて30-30に戻される。ここでコーチングボックスから檄が飛んだ。
「もっとエネルギーを出していけ。気迫が足りない!」
劣勢でも優勢でも顔色ひとつ変えないルバキナの心情の変化を、その表情や仕草から読み取るのは困難だが、直後サービスエースを叩き込むと、続けてエース級のファーストサーブでウィナーを奪い、このゲームをキープ。次のゲームのブレークにつなげ、第6ゲームもサーブに「エネルギー」を漲(みなぎ)らせてピンチをしのぐと、再びブレークでこのセット初めてのリードを奪ったのだ。

吉と出た「前科」を持つコーチとの再タッグ結成
反撃のきっかけを作ったのはクロアチア人コーチのステファノ・ブコフだが、この師弟関係の背後には複雑な事情が存在することを皆知っている。19年からルバキナのコーチを務めてきたブコフだが、ルバキナに対する暴言など精神的虐待の事実が認められ、WTA(女子テニス協会)は24年8月から暫定的な処分も含めて結果的に1年間の資格停止を科した。しかし、ブコフ本人のみならずルバキナもそれに抗議し続け、ブコフと引き離された後はかつてジョコビッチのコーチでもあったゴラン・イバニセビッチを招くなどしたものの、25年のルバキナはグランドスラムで4回戦を一度も突破できず、4月にはランキングもトップ10から陥落した。
しかし、25年8月にブコフが戻ると、2カ月後にはWTAファイナルズを初制覇。そしてこの優勝と続く絶好調とは皮肉なものだ。さまざまに斬新な演出を打ち出してきた全豪では、チャンピオンのコーチの表彰を昨年から始めている。今年はそのプレゼンターをかつて“毒父(注)”の虐待に苛(さいな)まれた元女王ジェニファー・カプリアティが務めるという光景を、すっきりとしない思いで見つめていた人もいたのではないだろうか。
「彼が一番私のことをわかっている。コートでのアドバイスにはとても助けられる。彼がいるかいないかでは大違い」
そう話すルバキナは、はっきりと言葉にしなかったが、やはりアルカラスやジョコビッチと同じように、自分たちを疑う人間に対して「証明」したかったに違いない。そんな決意がクールな眼差しと平坦な声音(こわね)の中にもうかがえた。
さて全豪は 「グランドスラム・オブ・アジア&パシフィック」と謳(うた)う唯一のグランドスラムである。その特色を最大限に牽引した一昨年のジェン・チンウェン(中国)のような存在を今年は欠いたが、ベトナムにルーツを持つアメリカ国籍のラーナー・ティエンが男子シングルスでベスト8に進出。そのほか、女子ダブルスで37歳のジャン・シューアイ(中国)が全豪では7年ぶり、通算3つ目のグランドスラム・タイトルを獲得した。今や日本のお家芸ともいえる車いすテニス界でも、最近台頭著しい中国勢が女子単複二冠を達成する中、日本勢は小田凱人が単複制覇とともに、昨年の全仏オープンからグランドスラム4大会連続シングルス優勝を果たした。
それにしても、完全復調の兆しが見える大坂なおみが3回戦を前に棄権し、独創的なファッションと2回戦での不適切タイミングでの「カモン!」だけが印象に残ったのは残念でしかたがない。

2026全豪オープン女子シングルス決勝
〇ルバキナ 6-4、4-6、6-4 サバレンカ
(注)ジェニファーの父親、ステファノ・カプリアティ氏は娘を13歳で過酷なプロの世界へ送り出したことや、賞金を管理する姿勢から、テニス界における「プッシュ・ペアレント(強引な親)」の典型として知られる。 若いテニス選手を守るために年齢で大会出場数を制限する通称「カプリアティ・ルール」というWTA規則の制定は、ジェニファーが若くして燃え尽き症候群となったことなどが契機となった。
バナー写真:(上)表彰式でプレゼンターを務めたジェニファー・カプリアティー氏(中央)、(下)ポイントが決まり咆哮するアルカラス 撮影:真野博正

