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2025全米オープン・レビュー 待望される「第三の男」、激化の様相を呈す女王争い

2025.09.23 / 山口奈緒美(テニスライター)

新たなる男子2強時代の到来

苛烈な戦いのあとの、温かい表彰式だった。2025年2つ目、通算6つ目のグランドスラム・タイトルを手にしたカルロス・アルカラスは、表彰式のスピーチで後ろのヤニック・シナーに向き直り、こう言葉をかけた。
「君とは……家族よりも多く会ってるよ」 

本気とも冗談ともつかない表情と言い回しがじんわり可笑しく、会場に笑いが起こり、シナーも思わずはにかむように笑った。

今年だけで5度目となる両者の対戦は、全てグランドスラムかマスターズ1000の決勝戦だ。11年にノバク・ジョコビッチとラファエル・ナダルが同様にグランドスラムとマスターズの決勝ばかりで6度対戦しているが、今年まだ上海とパリのマスターズ1000やツアーファイナルが残っていることを考えれば、それも抜かんばかりのペースである。

世界のテニスファンをエキサイトさせるライバル関係と、その戦いのレベルの裏に、どれほど禁欲的・滅私的な日々があるのだろう。耳を澄ませば「家族よりも…」からは、過酷なテニスツアーの頂点に立つ者同士しか共有しえない孤独感も聞こえる。それすら軽やかな笑いに変える22歳と24歳が、他の追随を許さない抜きん出た実力を証明したシーズン最後のグランドスラムだった。

残念ながら決勝戦が6-2、3-6、6-1、6-4とやや一方的な展開になった要因には、シナーのサーブの不調があった。ファーストサーブの確率が48%と半分を切り、「今日だけでなく大会を通してサーブには苦しんでいたんだ。乗り越えるにはちょっと時間がかかるだろうけど、我慢が大事だと思っている」と、改良の途中であることをほのめかした。

一方のアルカラスもファーストサーブの確率は61%と上出来というわけではなかったが、ダブルフォールトは一度もおかさず、安定感のあるサービスゲームでリズムを崩さなかった。試合全体を通して、シナーのちょうど2倍になるアルカラスの42本のウィナーを放ち、ブレークを許したのは第2セットの第4ゲームのみ。それ以外ではブレークポイントすら握らせなかった。

アルカラスには驚異的なスピードがあり、守勢からでも一本で形勢を覆すことのできるカウンターショットがある。リスキーな攻撃にならざるをえなかったシナーのアンフォーストエラーは増えた。
「今日はベストを尽くした。あれ以上のことはできなかった」とシナーは脱帽し、25年の対戦成績はアルカラスの4勝1敗となった。24年の3度の対戦も全てアルカラスが制しており、意外にもこの2シーズンでアルカラスの7勝1敗と一方的で、ナンバーワンの座も約2年ぶりに奪還した。

フルセットの激戦が予想された決勝はアルカラスの盤石なプレーでワンサイドに近い戦いとなった 撮影:真野博正

ジョコビッチが指名した “ジョーカー”

こうして今年のグランドスラム・タイトルはこの2人が分け合い、新しい時代のライバル関係はファンの期待通りに深まっている。しかし、欲を言えばもう一人加わってほしい。ロジャー・フェデラーとラファエル・ナダルの2強時代にノバク・ジョコビッチという敵役が現れて3強時代を作っていったように。開幕前の記者会見で、ジョコビッチ自身がそのことに言及した。
「彼らのライバル関係は疑いようもなく今のテニス界で最高のものだ。しばらく続くだろう。でも次は、他の若い選手が彼らに挑み、割り込んでいってほしいよね。(ホルガー・)ルーネがいたけど、彼はちょっと浮き沈みがある。(ジョアン・)フォンセカもいる。“ジョーカー”のスポット、つまり3番目のポジションにくる選手に僕は感情移入してしまう。それはフェデラーとナダルの時代の自分自身がそうだったから。次に誰が来るのか楽しみにしてるんだ」

“ジョーカー”は、比喩的な意味でメディアがよく使ったジョコビッチのニックネームである。

ジョコビッチが名前を挙げたルーネとフォンセカは、ともに2回戦で敗れた。気を吐いたのは第25シードのフェリックス・オジェ アリアシムで、21年全米オープンのベスト4以降、グランドスラムでの1回戦負けが7回と苦しんできた25歳が、かつて次代のナンバーワン候補とも言われた実力の片鱗を見せた。しかし、安定感には難があり、3番目のポジションに入るかといわれたら年齢的にも厳しいだろう。

昨年のファイナリスト、テイラー・フリッツはベスト8で、今年のウィンブルドン準決勝ではアルカラスと接戦を演じたが、彼もまた27歳。昨年のウィンブルドンと今年の全仏オープンでベスト4入りした23歳のロレンツォ・ムゼッティは23歳で、今回もベスト8とイタリアの史上最強時代に欠かせない一人になったが、全仏ではアルカラスとの準決勝を途中棄権、今大会はシナーとの同国対決に完敗している。

年齢にともなう伸びしろを考慮すれば、やはりジョコビッチも名指ししたフォンセカが有力候補だろうか。しかし、現時点でアルカラス、シナーとの対決で最もエキサイティングな相手が誰かと問われれば、今なおジョコビッチなのだ。全仏とウィンブルドンではシナーに、今大会はアルカラスにいずれもストレートセットで敗れたが、ビッグ4やビッグ3の時代にはヒール役だったジョーカーに、今はファンも肩入れする。その存在をテニス界はまだ強く求めている。
「来年もフルシーズンでグランドスラムを戦いたい。体がそれを許すかどうか、これから判断して決めるよ。3セットマッチのほうが自分にはチャンスがあると思うけれど、グランドスラムはやっぱり特別だから」

今回も去就について明言はしないまま、38歳は過去4度の優勝を経験したフラッシングメドウを去った。

アルカラスとシナーの2強とそれ以外の選手との力の差が開きつつある中、今大会も存在感を示したジョコビッチ 撮影:真野博正

2025全米オープン男子シングルス決勝
〇アルカラス 6-2、3-6、6-1、6-4 シナー

                   ◇

やや不安定なアニシモワのショットに対し、正確な強打で対抗したサバレンカ。決勝は経験の差が出た戦いとなった 撮影:真野博正

4人で分け合ったグランドスラム・タイトル

今年のグランドスラム・タイトルをアルカラスとシナーで半分ずつ分け合った男子とは対照的に、女子は全て異なる4人の名前が並んだ。その最後の一枠にようやく収まったのは、今年は準優勝(全豪)、準優勝(全仏)、ベスト4(ウィンブルドン)ともどかしい結果に切歯扼腕(せっしやくわん)してきた女王、アリーナ・サバレンカだった。昨年の決勝と同カードとなった準決勝でジェシカ・ペグラを下し、決勝戦の相手はアマンダ・アニシモワ。ウィンブルドンの準決勝で敗れた相手で、通算でも過去3勝6敗と負け越していた。

ウィンブルドンの決勝で0−6、0−6という歴史的敗北を喫したアニシモワだが、その慈悲なき相手、イガ・シフィオンテクに準々決勝でリベンジし、準決勝で大坂なおみにも打ち勝った。武器はフォア、バック共に隙のない強打で、雑になるところもあるが、当たり始めればそのパワーは脅威だ。
「彼女のテニスにパターンのようなものはなく、とにかく空いているところに叩き込むという感じ」

大坂は試合後にそんな感想を吐いた。前哨戦のモントリオールの前に、シフィオンテクの元コーチだったトマシュ・ビクトロフスキを陣営に招いた大坂は、ショット選択やパターンを学び、「いつもウィナーを狙う必要はない」という意識で戦術を展開。それが産後復帰以降の最高成績を実現した。パワー一辺倒ではない攻めの楽しさを感じている風だった大坂が、パワーを武器とする選手に敗れたことは皮肉だった。

ウィンブルドンで対戦したばかりのアニシモワとサバレンカの決勝よりは、サバレンカと大坂の決勝のほうに興味をかきたてられたことは確かだ。大坂が不在の間にトップに駆け上がったサバレンカと大坂が対戦したのは過去1度だけ。大坂がグランドスラム初優勝を果たした18年全米オープンの4回戦のことで、大坂が世界ランク19位、サバンレカは20位だった。今大会で実現しなかった新旧女王の対決の楽しみとともに、「完全復活」の言葉もまだとっておきたい。

フィジカルがトップコンディションに戻りつつある大坂。ショットのキレとディフェンスが全盛期を彷彿とさせた 撮影:真野博正

こうして、15歳のときにワイルドカードで全米オープン本戦出場を果たしたアニシモワは、ウィンブルドンの決勝進出が運やまぐれでなかったことを証明し、サバレンカとの決勝戦でも質の高いストローク戦を随所に見せた。ただ、大坂戦で感じた散発的な印象は拭えず、試合の流れをつかむことができなかった。

ブレーク合戦となった第1セットは、0−2から3ゲーム連取で逆にブレークアップするが、次のサービスゲームをラブゲームで落としてイーブンとされ、第8ゲームもラブゲームなどが絡んでサービスダウン。雨天のため屋根が閉まったスタジアムで、トスしたボールが天井の色やライトと重なって見えにくいということをアニシモワだけがしきりに訴えていたが、人によって見え方も違うのだろうか。いずれにしてもアニシモワにとっては不運で、結局3−2から4ゲームを連続で失ってセットを落とした。第2セットは第10ゲームのサバレンカのサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップで土壇場のブレークバックという見せ場を作ったが、アニシモワのサービスエースで始まったタイブレークはそこからサバレンカが6ポイントを連取。豪快なパワーショットは互角だったが、安定性の差が最後に露呈された。

サバレンカを上回るショットのパワーとスピードを随所に見せたアニシモワ。安定性を獲得すれば女王の座を得る日も近い 撮影:真野博正

ところでこの決勝戦、第1セットの第7ゲームが終了したところで珍しい光景が演出された。別のコートで行われていた車いすの男子シングルス優勝の小田凱人とクアード・クラス優勝のニールス・ビンクがコートに招き入れられ、小田の生涯ゴールデンスラム達成も伝えられた。同じ偉業を22年に達成した国枝慎吾は当時38歳だったが、小田はまだ19歳だ。これほどの年齢差の背景には、16年までウィンブルドンで車いすのシングルスの部が開催されていなかったという歴史があるが、こうして急成長する車いすテニス界で最年少記録を次々と打ち立てる小田の未来は、まさに競技そのものの未来なのだろう。

史上最年少での生涯ゴールデンスラムを達成した小田。これから車いすテニスにどんな歴史を刻んでいくか 撮影:真野博正

テニス小国の台頭

他コートで決勝が行われた種目の勝者を、あらためてスタジアムで紹介することは過去にもあったが、シングルス決勝の最中、しかもセットのど真ん中というタイミングは異例だった。このような思い切った試みはいかにも全米オープンらしい。ミックスダブルスを独立させて、シングルスの開幕前の週に行なったことも大改革だった。シングルスのトッププレーヤーがグランドスラムのダブルスに出場することは稀だが、前の週ならと、ドロー数16の枠に多くのスター選手が出場。従来なら決して実現しなかったペアが盛大な“余興”を繰り広げた。大坂なおみ/ガエル・モンフィス、エマ・ラドゥカヌ/カルロス・アルカラス、ミルラ・アンドレエワ/ダニール・メドベージェフ………16ペア全てを紹介したいくらいだ。

これだけのトップ選手が参加したのは、ミックスダブルスの適度な運動量、リラックス効果が、グランドスラムの前の週にふさわしいからだろう。観客はもちろん喜んだ。ダブルス・スペシャリストからは不満が噴出したが、他のグランドスラムも倣(なら)うのか、今後が注目される。

また、序盤戦で目についたのは、これまでグランドスラムはもちろんツアーでもほとんど目にすることのなかった国・地域の名だ。24年あたりから話題になっているフィリピンのアレクサンドラ・イーラは、今年の全仏オープンからグランドスラム3大会連続の出場で、初勝利を挙げた。さらに驚かせたのが、香港の男子選手コールマン・ウォンだ。20歳のウォンは初めて予選を突破し、香港の選手としては1988年以来のグランドスラム本戦出場を果たすと、3回戦まで駒を進め、世界ランク15位のアンドレイ・ルブレフともフルセットの接戦を演じた。他にも、インドネシアのジャニス・チェンが予選を突破し、本戦1回戦でも第24シードのベロニカ・クデルメトワをフルセットで破った。イーラとウォンの二人がスペインのラファ・ナダル・アカデミーを拠点にしていることも興味深い。

優勝賞金7億4000万円、1回戦負けでも1600万円。ここまで巨大化したテニスの可能性はなお測りしれない。選手、運営に携わる全方面の人々、ファン……全てが一体となって発展し続ける力に、ただただ圧倒されたニューヨークの3週間だった。

予選上がりで3回戦まで進出したウォンは21歳。全米の活躍がステップボードとなるか? 撮影:真野博正
女子決勝の試合前、シンガーソングライター、ブリトニー・スペンサー(右から5人目)が弾き語りでアメリカの愛国歌「America The Beautiful」を披露したセレモニーの様子。ボールパーソンが広げているのは巨大な星条旗。実にアメリカらしい演出だった 撮影:真野博正

2025全米オープン女子シングルス決勝
〇サバレンカ 6-3、7-6(7-3) アニシモワ

バナー写真:(上)表彰式で身体を寄せ合い、言葉を交わすアルカラス(右)とシナー(左) (下)今大会後に自己最高の4位に浮上したアニシモワ。ジュニアの頃から嘱望されていた逸材は、サバレンカ、シフィオンテク、ガウフの3強に割って入れるか? 撮影:真野博正

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