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2025全豪オープン・レビュー 「個」より「チーム」へ 変わり始めたツアーの風景

2025.02.15 / 山口奈緒美(テニスライター)

2025全豪の授賞式後、記念撮影を行うキーズ(左から2人目)と陣営(右から2人目は夫でコーチのビヨン・フラタンジェロ 撮影:真野博正

コーチングボックス移設が示唆するもの

テニスコートから線審が消え、どこか殺風景になったコート周りを賑やかすように、2025年の全豪オープンではコーチングボックスが下りてきた。長年禁じられていた試合中のコーチングは、前年のグランドスラムから限定的に認められるようになっていたが、コーチやフィジオなどチームスタッフがコートレベルまで下りてきたことで、アドバイスや激励はより細かいニュアンスまで伝わるようになったに違いない。コーチの手元にはタブレット端末があり、リアルタイムで分析されるデータを基に的確なアドバイスが可能だ。プレーヤーの孤独感は薄れ、チームスタッフの能力がいっそう問われる時代になった。それはテニスの魅力を半減させるという感じ方もあるが、競技を取り巻く環境やルールはどのようにも変化する。ファンもそのことを明確に意識したシーズン最初のグランドスラムだった。

コーチングボックスの顔ぶれの中で最大の注目を集めたのは、引退したばかりでノバク・ジョコビッチ陣営にコーチとして加わったアンディ・マレーだろう。
「アンディのテニスIQが高いことは僕らがみんな知っていることだし、最近まで現役でプレーしていた彼は今のトップ選手たちとも対戦経験があって、テニスの今をよくわかっている。彼とたくさんいろんな話をしているけど、すごくやる気にさせてくれるし、刺激をもらっている」

史上最多24のグランドスラム・タイトルを持つ37歳は、自身がこの全豪オープンだけで4度も決勝で破った相手からさえ何かを吸収し、自分をさらに高めようとしている。

カルロス・アルカラスとの準々決勝は、今大会のベストマッチだっただろう。この16歳差の闘いは24年のパリ五輪の決勝以来だ。ジョコビッチが勝って初めて泣いたあの興奮を呼び起こすような壮絶な打ち合いは、両者の肉体を限界まで追い詰めていった。4セットで勝利したジョコビッチだったが、痛めた左太ももは2日後の準決勝までに回復せず、第2シードのアレクサンダー・ズベレフに第1セットをタイブレークで奪われたところで棄権した。

ジョコビッチ陣営に新たに加わったアンディ・マレー(左)。今大会最も注目を集めたコーチとなった 撮影:真野博正

ズベレフに立ちはだかる厚い壁

自身3度目のグランドスラム決勝へ駒を進めたズベレフと、連覇を狙うヤニック・シナーとの決勝戦。シナーの山場はホルガー・ルーネとの4回戦だった。猛暑の中で明らかに体調に異常をきたしていたシナーは、第2セットを奪われ、意識朦朧(もうろう)とした表情とベンチで震える様子から途中棄権も危惧されたほどだ。しかし、第3セット途中でとったコート外でのメディカル・タイムアウトはかなりの効果があり、第3セットを6-3でものにした。11分半にも及んだこの治療は批判や議論を呼ぶことになるが、さらに第4セットでは、シナーのサーブがネット中央のベルトを直撃した際、ベルトをコートに固定するためのボルトが折れたため、修復に約20分を要した。この幸運ですっかり生き返ったシナーだが、そこでもスタッフの力は欠かせなかっただろう。コートに戻ると、第4セットを6-2であっさり締めくくった。

メディカルタイムのあり方に関しては、特にコート外で行われる処置について頻繁にスポーツマンシップやマナーの問題が取り沙汰されてきたが、ビッグネームを棄権というかたちで止めさせたくない大会側の思惑も絡むだろう。高いチケットを買って入場している観客も、フラフラのシナーではなくベストの状態のシナーを見たい。一部の批判をよそに、シナーは準々決勝でのアレックス・デミノー、準決勝でのベン・シェルトンを寄せ付けず、鋼(はがね)の守備力、精密機械のような攻撃でズベレフの悲願を打ち砕いた。

ズベレフが第2セットのタイブレークをものにできなかった時点で、ほぼチャンスは潰(つい)えた。シナーは23年からハードコートのグランドスラムで無敗だ。この間、ツアー全体でもハードコートでは3敗しかしていない。

グランドスラムの決勝で一度も敗れることなく3つ目のトロフィーを抱くシナーと、その大きなトロフィーを抱くことなく3つ目の準優勝プレートを手にしたズベレフ。
「隣で誰かがトロフィーを掲げるのを見るのは辛いよ。そのトロフィー以上に僕が欲しいものはないんだから」
7回のマスターズ優勝、ATPファイナルズ2度の優勝、オリンピックの金メダルまで手にしているズベレフの肩に手を回し、4つ年下のシナーは語りかけた。
「いつかきっと勝てる。君にできないはずがない」

それはテニスらしいフェアで清々(すがすが)しいシーンだったが、24年に発覚したシナーのドーピング問題はまだ完全に片付いていない。「故意でなく過失もなかった」という異議申し立てが認められたかたちで、出場停止処分は実行されずに今に至っているが、世界アンチドーピング機構(WADA)が控訴し、スポーツ仲裁裁判所(CAS)での審理は4月に行われる予定だ。一定期間の出場停止が科される可能性は否定できないという。
「自分が一番よくわかっていることだ。もし僕が無実でないなら、こんなふうにはプレーできなかった。でも処分が下されるなら、それを受け入れる」

若き王者は初制覇を期すローランギャロスのコートに立てるだろうか。

2024年全仏以来のGS決勝進出となったが、全仏に続き優勝を逃し、ベンチで頭を抱えるズベレフ 撮影:真野博正

2025全豪オープン男子シングルス決勝
〇シナー 6-3、7-6(7-4)、6-3 ズベレフ

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優勝が決まった瞬間、ラケットを掲げて歓喜に浸るキーズ 撮影:真野博正

伏兵キーズが優勝した要因

シナーのドーピング問題にとどまらず、シーズンオフには現在世界2位のイガ・シフィオンテクのドーピング違反も明らかになった。2024年8月の検査で禁止薬物が検出されたものの、その事実を明かさないまま全米オープン後に1カ月の出場停止処分が実行されており、「私の無実を証明する証拠は全て提出し、私に非がないことは認められた上で、処分にも応じた。この件は全て終わっている」とシフィオンテクは主張する。シナーのようにWADAから控訴される理由はないとし、大坂なおみのコーチだったウィム・フィセッテを新コーチに迎え、1位奪還に向けてシーズンのスタートを切った。

圧勝に次ぐ圧勝で、世界ランク8位のエマ・ナバーロとの準々決勝ですら6-1、6-2で片付けたが、決勝への道を阻んだのが世界ランク14位のマディソン・キーズとは意外だった。シフィオンテクにはマッチポイントもあったが、キーズが最終セットの10ポイントタイブレークをものにし、2時間35分の息詰まる接戦を制した。

3回戦のラドゥカヌ戦を6-1、6-0で完勝したシフィオンテク。快進撃はキーズに阻まれた 撮影:真野博正

2017年の全米オープンで決勝に進出してから7年4カ月。この間も、4度のベスト4の実績があったが、初めてのグランドスラム決勝から2度目までの間隔としてはオープン化以降最も長い。決勝の相手は3連覇を狙うパワーテニスの代表アリーナ・サバレンカ。下馬評はサバレンカ優位だったが、第1セットをキーズ、第2セットをサバレンカが取り返す展開でファイナルセットに突入した。両者ブレークポイントもないままキーズ6-5で迎えたサバレンカのサービスゲーム、ついにキーズが15-40でマッチポイントを握り、最後はフォアの逆クロスへのウィナーを鮮やかに決めた。

前哨戦のアデレード国際から12連勝の中にトップ10プレーヤーが5人。キーズが大一番で一貫して見せた強さは、タイトな場面での冷静さ、パワーよりコントロールに重きをおいた伸びやかなショットだった。

その裏には、長年をかけて取り組んできたメンタルの変化と、昨シーズン末のラケット変更があった。
「以前の私は大事な試合や大事な場面でどうすれば緊張しないか、どうやって自分を落ち着かせることができるか、その方法ばかり考えていた。でも試合の中ではうまくいかないことが必ずあるし、大勢のお客さんの前でいいプレーができないかもしれないけれど、そのことに尻込みするのではなく、それでいいんだ、そういうものなんだって考えるようにしたの」

完璧を求めるのではなく、人間性も含めて進歩を目指したというキーズの心の成長は、熱心に通った心理療法の効果だったという。

また、2年前からコーチを務めていた元トップ100プレーヤーのビヨン・フラタンジェロと24年11月に結婚。その夫の勧めでいろいろなラケットを試し、結果的に長年愛用したウィルソンからヨネックスに変えた。試打の中で強く惹かれたモデルがあったという。人の言葉を信じる力、変化を恐れない柔軟性が、キーズを29歳にしてグランドスラムの頂点に立たせた。

2025全豪オープン女子シングルス決勝
〇キーズ 6-3、2-6、7-5 サバレンカ

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トップフォームを取り戻しつつある大坂と錦織

2018年の全米オープン、このキーズをストレートで退けて決勝に進出した大坂にとって、それは昔の出来事ではない。もう一度あの場所に戻れることを十分に示した今大会だった。

玄人ファンの多い技巧派のカロリーヌ・ガルシアとカロリーナ・ムチョバを連破し、パトリック・ムラトグルーと歩む完全復活へのプロセスは順調だ。しかし、準優勝した前哨戦からの腹筋のケガがその道を遮(さえぎ)った。同い年のライバルでもあるベリンダ・ベンチッチとの3回戦、第1セット5-2から追いつかれた大阪は、6-5でトレーナーを呼び、錠剤を口にする。試合を続けるべきか、否か……表情には迷いが見てとれ、ムラトグルーの仕草からは止めさせたいことがわかったが、大坂があえてコーチングボックスを見ないのは印象的だった。

こんなときこそコーチングボックスが近いことは綿密なコミュニケーションに有用だったはずだが、最後の決断は自分自身。タイブレークで第1セットを落としたとき、大坂は自らの判断で、ライバルとの握手に立った。残念な幕切れだったが、ライン際を貫く大坂らしいパワフルなショットが戻り、ケガが長引かなければ今季は再びのビッグイヤーとなるのではないか。

うれしいカムバックは大坂だけではなかった。約2年半ぶりにトップ100に戻って来た35歳の錦織圭が21年以来の全豪で予選上がりの105位チアゴ・モンテーロとの1回戦を2セットダウンからの逆転で突破。前哨戦の香港では、トップ10経験者を3人破ってきただけに、この2年で殻を破って初のトップ10を目前にしたトミー・ポールとの2回戦にも期待は高まったが、1回戦で5セット戦った疲労は中2日の休みでも回復しきれていなかった。第1セットをタイブレークで奪ったものの、第2セットからはポールのペース。23年の6月にチャレンジャー大会で復帰して以来、トップ10、トップ20との対戦も5、6回あるが、過去2年にない頻度でこのレベルの選手たちと戦うシーズンの到来には胸が躍る。

3回戦のベンチッチ戦、第1セット終了後、プレーの続行について陣営にサインを送る大坂 撮影:真野博正
2回戦は途中棄権となったものの、第1セットでポールと互角に戦えたのは大きな収穫となったであろう錦織 撮影:真野博正

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台風の目となったネクストジェン

全体として、男子はネクストジェンの台頭が目立った。20歳のアレックス・ミケルセンと19歳のラーナー・ティエンが4回戦に進出。ミケルセンはすでに3度のツアー決勝に進出している注目の若手で、1回戦でステファノス・チチパスを破った。24年のネクストジェン・ファイナルズで準優勝したティエンは今回予選からのグランドスラム・デビューで、2回戦で第5シードのダニール・メドベージェフをフルセットで破る大金星を獲得。ネクストジェン・ファイナルズではこのティエンを破って優勝した18歳ジョアン・フォンセカも予選を勝ち上がり、本戦1回戦で第9シードのアンドレイ・ルブレフをストレートで撃破した。ロレンツォ・ソネゴとの2回戦突破はならなかったが、今大会男子最年少の才能あふれるプレーは見る人々の目に焼きついた。いずれも破った相手が初代のネクストジェン世代というのも示唆的で、世代交代が今後どう進んでいくのか注目だ。

18歳といえば、24年この全豪オープン・ジュニアを制した坂本怜(れい)が同年だが、U-21のみの「ネクストジェン・ランキング」では坂本も10位にランクされている。24年プロ転向し、まだグランドスラムの予選に出場できるランキングに届いていない(364位、2025/1/27現在)が、今大会活躍した同世代に今季どこまで近づいていけるか。

そして、ジュニアの部で坂本に代わって今度は女子、園部八奏(わかな)が頂点まで駆け上がった。日本女子のグランドスラム・ジュニア優勝は、1969年に全仏ジュニアとウィンブルドン・ジュニアを制した沢松和子さん以来。17歳になったばかりの園部も坂本同様に、フロリダのIMGアカデミーに拠点を置く盛田正明テニスファンド生だ。174cmの長身と左利きを武器に、今後プロへの道をどう切り拓いていくか楽しみに見守りたい。

沢松和子さん以来となるグランドスラム女子ジュニア制覇を果たした園部八奏(わかな) 撮影:真野博正

バナー写真:授賞式後、チームのメンバーと一緒にフォトセッションに応じるシナー(上、右端はダレン・ケーヒルコーチ、左端がシモーネ・バニョッツィコーチ)とキーズ(下、右から2人目は夫でコーチのビヨン・フラタンジェロ)。今大会はグランドスラムでは初めてすべてのカテゴリーの優勝者のコーチも表彰された 撮影:真野博正

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※4月にCASで審理が行われる予定だったシナーのドーピング問題について、WADAは2月15日、シナーが3カ月の資格停止処分に合意したと発表した。資格停止期間は2月9日から5月4日まで。4月13日にはトレーニングの再開が可能。

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