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2024全豪オープン・レビュー 史上最高の入場者数を記録した年初の四大大会で見えてきた今シーズンの行方

2024.02.13 / 山口奈緒美(テニスライター)
2セットダウンから大逆演劇を演じ、コートに座り込むシナー 撮影:真野博正

表彰式の記念撮影でおどけるサバレンカ 撮影:真野博正

22歳シナーの優勝と36歳ジョコビッチの変調

「ビッグ3」の時代の終焉はテニスの終わり———そう危惧する声はかつて確かにあったが、全豪オープンはグランドスラム史上最多の102万763人の入場者数を記録した。開幕日が日曜になり、本戦の開催期間が15日間になった影響はもちろんあるだろう。しかし、過去最多だった昨年を約20万人も上回る数と連日の賑わいは、それだけで説明はつかない。これは夢の時代の単なる余韻なのか、暗黒のコロナ禍からの反動か、それとも新たな時代に遺された確かなレガシーか———。

ビッグ3からまずロジャー・フェデラーが去り、ラファエル・ナダルは今季限りでの引退を示唆している。全豪オープンでの1年ぶりのグランドスラム復帰は叶わなかった。そんな中、ただ一人衰えを見せないのが王者に君臨するノバク・ジョコビッチだ。コロナ禍でワクチン接種拒否という信念を貫いたことで国外退去となり、欠場に追い込まれた2022年をはさんで、メルボルン・パークでは2019年から一度も負けていない。最後に敗れた2018年の4回戦以降の全豪での無敗記録を伸ばし続けていた。

これを全豪マッチ連勝記録33で止めたのが準決勝でのヤニック・シナーだった。ジョコビッチに対してはこれで直近の4戦で3勝1敗と勝ち越している22歳は、有力な若手の中でも時代の幕引きをするのにふさわしい次代のスターだ。

ジョコビッチは「僕のグランドスラムでの最悪の試合の一つ。あまりのレベルの低さに驚いている」と語り、大会を通して自身のベストにはほど遠かったと評したが、そこに36歳という年齢による身体機能の衰えは皆無と言えるだろうか。準々決勝でもテイラー・フリッツの攻撃的なプレーに押され、走らされ、4セットで勝利したもののウィナーの数はフリッツが上回り、「僕にとってはまったく楽しめない試合だった」と吐露している。「鉄人」にもいつかそういう日が来るのだと覚悟させる、いつもと違うシーズンのスタートになった。

2セットアップからタイトルを逃したメドベージェフ

シナーの決勝の相手は、この全豪では「3度目の正直」を狙う世界3位のダニール・メドベージェフ。グランドスラム初制覇は2021年の全米オープンで達成している。グランドスラムの決勝では経験値がいかに重要かを示すように、長い手足をぐにゃぐにゃと踊らせるようにして型破りのショットを繰り出し、最初の2セットでシナーを6-3、6-3と圧倒した。しかし、第3セットの終盤で流れが変わる。メドベージェフはそこまでの6試合中3試合がフルセット。うちエミル・ルースブオリとの2回戦が終わったのは午前3時39分だった。蓄積されていた疲労が動きや判断を鈍らせ始めた。

「ここまでの長い試合でも同じようなことはあったけど、相手はそこにつけ込んでこられなかったんだ。(自分と)同じように疲れていたのかもしれない。でもヤニックは違った。僕が少し落ちたところで明らかにいいプレーをし始めた」

蓄積した疲労の影響か? 第3セット以降の逆襲を許したメドベージェフ 撮影:真野博正

シナーはこのセットと第4セットをいずれも5-4からブレークに成功してファイナルセットへ持ち込んだ。フォアもバックも弱点がなく、この強打の時代の中でも際立つ超ハードヒッター。それを驚愕のコントロール力で左右のコーナーへ打ち分ける。ジョコビッチを生き返らせなかったのもこのヒッティング力だ。メドベージェフとは対照的に準決勝までに1セットしか落としていないシナーは余力の差を見せつけ、ファイナルセットは中盤の第6ゲームをブレークして突き放した。

イタリア人として初の全豪制覇を遂げたシナーだが、2021年のウィンブルドンではイタリアの先輩マテオ・ベレッティーニが決勝まで進み、ジョコビッチに敗れている。多くの才能ある若者たちがビッグ3の壁に阻まれてきた。彼らがいる限りスターになりきれなかった。しかしシナーはこの時代になおジョコビッチがトップにいることを幸せだという。

「ノバクたちがどんなふうにやっているのかを見ることができたのはありがたいよ。僕はそこから少しでも学ぼうと意識してやってきたつもりだ。ラファが戻って来れば、また彼を見て学ぶことがあると思う」

パワフルなストローク力のみならず、長い手足を活かしたディフェンス力も急速に進化しているシナー 撮影:真野博正

勢いを増した新世代の台頭

先に世界1位まで上り詰めた2つ年下のカルロス・アルカラスとの、若い2強時代の訪れは時間の問題か。振り返れば、このシナーの名を広く知らしめたのは2019年の「ネクストジェネレーション・ATPファイナルズ(以下、ネクストジェン・ファイナルズ)」だった。21歳以下(現在は20歳以下)のランキング上位7名と開催国特権のワイルドカード1名に出場資格が与えられる大会だ。2017年の初開催から2022年まで開催地はイタリアのミラノで、18歳だったシナーはワイルドカードを獲得した。最年少でランキングも最も低い95位だったが、そこでチャンピオンの座をつかんだ。たとえこの年にワイルドカードを獲得しなかったとしても、翌年以降に自力で出場しただろうが、この経験と自信を18歳の若さで得たことはその後のキャリアアップのスピードを早めたに違いない。ネクストジェン・ファイナルズを招致したイタリア・テニス連盟の戦略は実を結んだと言える。

なお、ネクストジェン・ファイナルズは23年からサウジアラビアのジェッダに移り、出場資格は「U21」から「U20」に引き下げられた。そんな中、24年のネクストジェン・ファイナルズを争うであろうフレッシュな選手がメルボルンでもファンの目にとまった。予選を勝ち上がり、1回戦でジョコビッチからセットを奪った18歳のディノ・プリズミッチ(クロアチア)、同じく18歳の予選上がりのヤクブ・メンシク(チェコ)は2回戦でフベルト・フルカチュをフルセットに追い込んだ。IMGアカデミーを拠点とする中国の18歳シャン・ジュンチェンや、23年7月のシカゴでのチャレンジャーで錦織圭も下して優勝したアレックス・ミケルセン(アメリカ)も3回戦に進出した。

望月慎太郎に続いて男子二人目のグランドスラムジュニアの覇者となった坂本怜。日本人離れした195cmの長身を利したスケールの大きいテニスがこれからどんな成長を遂げるか大いに楽しみだ 撮影:真野博正

レースは始まったばかりだが、このランキングの中にまだ日本人の名前はない。該当世代の日本人トップは17歳の坂本怜(れい)だが、ツアーレベルは未経験。ネクストジェン・ファイナルズの舞台はまだ遠いが、今回ジュニアで頂点に立ったのがこの坂本だ。グランドスラム・ジュニア・シングルスでの日本人の優勝は、2019年のウィンブルドン・ジュニアを制した望月慎太郎以来で男子では2人目。ネクストジェンのレースにその名前が登場する日を楽しみに待ちたい。

車いすテニスで全仏、ウィンブルドンに続くグランドスラム3大会目の優勝を果たした小田凱人(ときと)も17歳だ。今大会は明るい話題の乏しかった日本テニスに W(ダブル)17歳の栄冠が最後に希望の光を届けた。

17歳にして車いすテニス界の頂点に君臨した小田凱人。これからどれだけ既存の記録を塗り替えていくのだろうか。2024年はグランドスラムのみならずパリ五輪でも優勝候補になるだろう 撮影:真野博正

2024全豪オープン 男子シングルス決勝
〇シナー 3-6、3-6、6-4、6-4、6-3 メドベージェフ

2024全豪オープン 車いすの部 男子シングルス決勝
〇小田凱人 6-2、6-4 アルフィー・ヒューエット(イギリス)

2024全豪オープン ジュニアの部 男子シングルス決勝
〇坂本 怜 3-6、7-6、7-5 ジャン・クムスタット(チェコ)

                     ◇

サバレンカの強打に押し込められ、準決勝までの思い切りの良さが影を潜めたジェン・チンウェン 撮影:真野博正

シードダウン相次ぎ、波乱のスタートとなった女子シングルス

新しい風はスカートの裾も踊らせ、スタジアムに懐かしい熱を呼び込んだ。女子シングルスで中国の21歳ジェン・チンウェンが世界ランク15位からグランドスラム初の決勝へと快進撃。中国系のファンが後押しするスタジアムに「ホームで戦っているよう」と笑顔を振りまき、連覇を狙う第2シードのアリーナ・サバレンカに挑む形で決勝を迎えた。

かつて中国のテニス市場を巨大化させたアジアの元女王リー・ナの全豪優勝から10年という節目の年でもある。ジェンはリーと同じ湖北省出身で、10年前は通っていたテニスクラブで他の子供たちと一緒にそのシーンを見ていたという。この栄光のリレーには中国人でなくとも胸躍らされた。

ジェンは2年前の全豪でグランドスラム・デビューしたばかりだが、パワフルなショットと勝負強さで23年は全米オープンでベスト8に進出。しかし、今大会の決勝は強打のサバレンカが6-3、6-2と一方的に片をつけた。

「緊張はそれほどしていなかった。いくつかのチャンスを生かせず、リズムを奪われて苦しい展開になった。もっとできたはずだということ以外、試合に関してあまり話すことはない」

肩を落とすジェンのリー・ナ2世としての真価が問われるのはこれからだ。彼女の最大の武器は「伸びしろ」と期待を語るレジェンド解説者も少なくない。

ダイナミックなプレーが魅力のジェンの決勝進出はまさかの出来事ではなかったが、同じドローの山にいた上位シード勢の敗退がそれを助けたことも否めない。順当なら4回戦で対戦するはずだった第5シードのジェシカ・ペグラも、準々決勝で待っているはずの第3シードのエレーナ・ルバキナも2回戦で早々に姿を消していた。

第1シードのイガ・シフィオンテクまでも3回戦で散る有様で、トップハーフは4回戦の時点ですでに第12シードのジェンが生き残りの最高シードだった。23年のツアーではシフィオンテク、サバレンカ、ルバキナが3強の地位を固めたように見えたが、これが女子の不安定なところで、最後はサバレンカに落ち着いたものの全体的には波乱のスタートだったと言える。

トップハーフほどではないが、ボトムハーフでも第6シードのオンス・ジャバー、第8シードのマリア・サカーリが2回戦までに敗れた。ジャバーはまさかの1回戦敗退だが、相手が23年のローランギャロスとウィンブルドンを沸かせた16歳のミラ・アンドレエワと聞けば、驚きはポジティブな興味に変わる。グランドスラムのベスト16入りはウィンブルドンに続いて2度目。これでランキングも自己最高の35位だ。

サバレンカは気迫を前面に押し出し、終始、フルショットで攻撃的テニスを貫き、ジェンを圧倒した 撮影:真野博正

要注目はミドルティーンの活躍と大坂なおみの復活

このアンドレエワのほか、サバレンカと2回戦で対戦した予選上がりのブレンダ・フルビルトバ(チェコ)も16歳だ。ジュニア時代から注目されていたフルビルトバ姉妹の妹のほうで、サバレンカには歯が立たなかったものの、3度目のグランドスラム本戦で初白星を手にした。15歳や16歳でのブレークをピークに消えた天才少女たちも過去にはいるが、この東欧の少女たちはツアーの荒波をどう泳いでいくだろうか。

惜しくも1回戦で敗退した大坂なおみ。この1年間でどこまで復調できるか注目される 撮影:真野博正

そして、この状況ならあの元女王の返り咲きもチャンス十分ではないか。出産後の復帰で注目を集めた大坂なおみのことだ。1回戦が第16シードのキャロリン・ガルシアとはなかなか厳しいドローで勝利には届かなかったが、前哨戦のブリスベン国際での復帰戦勝利と、元女王のカロリナ・プリスコバとの大接戦を含め、ショットの威力や動きにひどい衰えは見られなかった。

「この結果は私が考えていたものではなかった。私は優勝できたはずだとすら思い込んでいるのだから。この妄想が優勝を可能にしてくれるんじゃないかと思うの」

大坂の妄想の行方を、今年再び世界は追うだろう。

メルボルンの熱は新しい時代、若いエネルギーに心ときめく人間の本能だ。過ぎた時代を惜しむのではなく、未来を拓く力が漲(みなぎ)っていた。

2024全豪オープン 女子シングルス決勝
〇サバレンカ 6-3、6-2 ジェン

バナー写真:2セットダウンからの大逆転で優勝を決め、コートに座り込むシナー(上)。表彰式のフォトセッションで優勝カップを抱え、おどけた表情を見せるサバレンカ(下) 撮影:真野博正

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