2026全米オープン・レビュー ボルテージが上がったニューヨークの熱狂と落胆
![ZVEREV, Alexander GER[1] def SHELTON, Ben USA[8] 6-3 7-6(2)5-7 6-2 Final Men's Singles US Open 2026 13 Sep. 2026 USTA Billie Jean King National Tennis Center, Flushing Meadows-Corona Park, Flushing, NY 11368 Photographer / MANO,Hiromasa MANNYS PHOTOGRAPHY of Tokyo mannys@mannysjp.com](https://meetstennis.com/wp-content/uploads/2026/10/CeremonyMS26913-248-scaled.jpg)
23年間封印された米国男子の戴冠
最近のグランドスラムはいつが始まりなのか明瞭でなくなった。本戦開幕を本来の月曜から一日早めた全仏オープンの試みに他大会も次々と倣(なら)い、とりわけ全米オープンは、25年からシングルスのスター選手を主役に据えたミックスダブルスを独立させて先に行い、「予選の週」にファンの新たな興味を引き出した。「ファン・ウィーク」と銘打ったこの週の中日に、今年はロジャー・フェデラーを中心にしたレジェンドたちのエキシビションマッチを開催。本大会が始まる前からお祭り騒ぎだった。

2万3000人収容のアーサー・アッシュ・スタジアムを満杯にし、フェデラーとシングルスを戦ったのは地元アメリカの最後のグランドスラム優勝者、アンディ・ロディックだ。同年代にフェデラーさえいなければ、ロディックのグランドスラム・タイトルが21歳のときの全米オープン(03年)一つで終わったはずがない———豪快なサーブを携えた“暴れん坊”ロディックのキャリアを振り返るとき、誰もがテニス大国アメリカを背負った一人の天才の不運を思う。04、05、09年のウィンブルドン、06年の全米、計4度の決勝の相手は全てフェデラーだった。
ロディックの現役中にグランドスラムの決勝に進出したアメリカ人は、ほかにキャリア晩年のアンドレ・アガシしかおらず、後継者が現れないままロディックは30歳の若さで引退した。その後のアメリカ勢は、あの「切なさ」すらファンに味わわせていない。
日増しにボルテージを上げたニューヨークの熱狂は無理もない。アメリカ勢が過去3年連続して決勝に残っている女子だけでなく、男子もベスト8に3人が駒を進めたのだ。24年にロディック以来のファイナリストとなったテイラー・フリッツが3回戦で敗れたのは誤算だったが、ランキングでは上回るベン・シェルトンが、右手首の 怪我から4カ月半ぶりに戻ってぶっつけ本番に挑むアルカラスを深夜の準々決勝で撃破。次の相手はフランシス・ティアフォーと先に決まっていたから、これでアメリカ人の決勝進出は保証された。
王者ヤニック・シナーは右膝の故障ではじめからおらず、通算25個目のグランドスラム・タイトル獲得の可能性に挑み続ける39歳ノバク・ジョコビッチも、20回目の全米オープンで初となる1回戦敗退によって姿を消していた。残る強敵は今年全仏を制し、ウィンブルドンでも準優勝したアレクサンダー・ズベレフだが、まだファンは、シナーやアルカラス、数年前のジョコビッチと同格にはズベレフを見ていないのかもしれない。ズベレフならば……23年間の渇きを潤せる日がついに訪れるのではという期待が高まった———。


51年ぶりのトップ4シードによる準決勝
シェルトンがアルカラスを倒したその日は、大会史上最も長い日になった。シェルトンが咆哮(ほうこう)をあげた時刻は午前3時34分。この日のセンターコート4試合はすべてフルセットの接戦だった。第1試合では女王アリーナ・サバレンカがウィンブルドン・チャンピオンのリンダ・ノスコバを2時間22分で退け、第2試合はティアフォーが22歳アレックス・ミケルセンとの同国対決で2セットダウンから4時間39分の大逆転勝ち。大富豪のお嬢様対決となった第3試合は、ジェシカ・ペグラがエマ・ナバーロを2時間21分で振り切った。
この日の女子はトップハーフの準々決勝だったが、翌日のボトムハーフ2試合も見応えあるフルセット勝負を繰り広げた。第2シードのエレナ・ルバキナは、24年の全豪ファイナリストで肘の手術を経て予選から勝ち上がってきたジェン・チンウェンに逆転勝ち。勝てば初の世界ランク1位の座を自力で奪うという大一番をものにした。続いて、3年前のチャンピオンで昨年の全仏覇者でもある22歳のココ・ガウフが、今年の全仏女王に輝いた19歳のミルラ・アンドレエワとの若いチャンピオン対決を、マッチポイントもしのぐ底力で制した。
結果、トップ4シードが揃って準決勝に進出したが、これは全米オープンでは1975年以来の出来事だった。優勝クリス・エバート、準優勝イボンヌ・グーラゴング、ベスト4がマルチナ・ナブラチロワとバージニア・ウェードという顔ぶれだった。当時が今と違うのは、まずドロー数が半分の64で8シード制だったこと。勝ち上がり方の印象も異なる。51年前の4人が準決勝に到達するまでに落としたセットは全員の合計で2つしかなく、完封したベーグルスコアは計7セットに達する。現在の女子テニスの層の厚さとは比較にならない。実力が拮抗し、トップを争う顔ぶれの中に欧米のみならずアジア系もいることで、女子テニスの多様化は進んでいる。
多様性の時代の旗頭ともいえる大坂なおみは4回戦でルバキナに完敗したが、誰にも侵されない「大坂なおみ」というジャンルを築き続ける姿は、大会イメージとも重なり、格別の存在感を見せた。しかし、先行するファッションの話題を越え、再びチャンピオンに返り咲くために破らなくてはならない壁は厚そうだ。

生涯グランドスラムにリーチがかかったルバキナ
2年近くナンバーワンの座を維持してきたサバレンカと新女王ルバキナが、それぞれペグラとガウフを相手にすさまじいアウェー環境に打ち勝ち、文字通りの頂上決戦を実現させた。同カードだった全豪の決勝で敗れたサバレンカには今年グランドスラム・タイトルがないが、インディアンウェルズとマイアミではルバキナに2連勝し、“サンシャイン・ダブル(同一シーズンにインディアンウェルズ とマイアミの2つのトーナメントを連続して優勝する偉業を指す。両大会がアメリカの日照時間の長い地域で開催されることに由来する名称)”も達成している。
叫びのような激しい声を発してボールに魂を込めるサバレンカに対し、新たな女王は感情を吐き出すどころかほとんど表情も変えない。ツアートップのサーブ力を武器に、第1セットのファーストサーブの確率が30%以下に落ち込んでもブレークポイントすら握らせず、6−4でセットを先取した。一番の山場となった第2セット終盤の攻防に敗れても、最終セットで冷静に立て直した。
「ナンバーワンがかかっていたこともあって、今大会は他のグランドスラムよりもストレスを感じた。1週間前の(足首の)ケガのことも気になっていたから、毎日がチャレンジだった。でも、以前の同じような状況のときと比べれば、より冷静でいられるようになったと感じている」
自身のメンタルをそのように分析したルバキナだが、5−2で迎えたファイナルゲーム、最初のマッチポイントでこのゲーム2度目のダブルフォルトをおかす。しかし、心の揺らぎに杭を打つように、最後はセンターへのサービスエースを叩き込んだ。軽く両腕を上げてガッツポーズをしただけの新女王だったが、その地位にふさわしいフィジカルとメンタルを証明してみせた。
思えば、ルバキナが初優勝した22年のウィンブルドンはロシアのウクライナ侵攻から4カ月後の開幕で、ロシアとベラルーシの選手が排除され、出場者全員ランキングポイントがつかないという異例の大会だった。ルバキナはモスクワ生まれのロシア人でありながら、18歳のときに選手登録をカザフスタンに移していたため、出場に問題はなかった。当時世界ランキング6位で前年ベスト4だったサバレンカは出場できず、それまでサバレンカに3戦全敗していたルバキナの優勝に対する評価は厳しいものだった。しかも、勝ち進むたびに痛烈な質問が浴びせられた。
「ロシア人かカザフ人か、どちらだと感じているのか」
「出られなかった選手たちについて思うことは?」
そのつどルバキナは、「生まれる国を選ぶことはできない。出られなかった選手たちのことは考えるけれど、私はテニスをするためにここにいる」などと繰り返した。感情を出さない印象は変わっていないが、祝福ムードに欠けたあの初栄冠は、ずっと燃やし続けている静かな闘志と無関係ではないのかもしれない。
試合後、ベンチでラケットを叩き折ったサバレンカとの対比は、かつて「アイスドール」と呼ばれたエバートと「鉄の女」ナブラチロワのように鮮明だ。まだハードコート以外のグランドスラムでタイトルのないサバレンカを抜き、ルバキナが先に生涯グランドスラムに王手をかけたことも興味深い。
残る全仏オープンではこれまでベスト8が最高だ。しかし、WTA1000のローマをはじめとしたクレー大会5度の優勝実績は、女子では2012年の全仏制覇によって生涯グランドスラムを達成したマリア・シャラポワ以来となる快挙の可能性が、決して小さくないことを示唆する。全米は20年前に制したシャラポワが今大会の表彰式のプレゼンターとして登場し、自身以後初のロシア生まれのチャンピオンにトロフィーを手渡すシーンは、まるで仕組まれていたかのようだった。

2026全米オープン女子シングルス決勝
〇ルバキナ 6-4、5-7、6-2 サバレンカ
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![ZVEREV, Alexander GER[1] def SHELTON, Ben USA[8] 6-3 7-6(2)5-7 6-2 Final Men's Singles US Open 2026 13 Sep. 2026 USTA Billie Jean King National Tennis Center, Flushing Meadows-Corona Park, Flushing, NY 11368 Photographer / MANO,Hiromasa MANNYS PHOTOGRAPHY of Tokyo mannys@mannysjp.com](https://meetstennis.com/wp-content/uploads/2026/10/Zverev26913-281-scaled.jpg)
観衆の熱狂が生んだクライマックスのハプニング
一方で男子は、2021年以降、スタン・スミス、ジョン・マッケンロー、ロディック、アガシといったアメリカのレジェンドたちがプレゼンターを務めてきたが、彼らの手からアメリカ人チャンピオンの手にトロフィーが渡る光景は、なかなか思惑通りに実現しない。そして今回もまた…。
50年前の1976年を含めて計5回の全米制覇を果たしたジミー・コナーズがトロフィーを手渡し、握手をし、言葉を交わした相手はズベレフだった。その後ろで唇を噛むシェルトンが視界の端に映っただろうか。準決勝でアメリカ対決を制したシェルトンは、初めてのグランドスラム決勝で2万人を味方につけたが、その鋼(はがね)のような意気込みと逸(はや)る血気が生み出すプレーを、ズベレフの柔軟な対抗策が上回った。鞭のようにしなやかに繰り出されるショット、特に高低と深浅を駆使したという戦術で、元NCAA(全米大学体育協会)チャンピオンの23歳を揺さぶり、攻め急がせた。
同胞を盛り立てる会場の熱狂が、まさか最後の最後に敵に「平常心」を与えることになるとは皮肉なものだ。第4セット、2つのブレークに成功して5−2、40−15のチャンピオンシップポイント、シェルトンのリターンはベースラインを大きく越えたが、ズベレフは険しい表情のままボールをシェルトンに戻した。終わったと気づくまで10秒近くを要するという不思議なクライマックスシーンだった。
「主審のコールが聞こえる状況じゃなかったし、6−2ではなく5−1だと思っていたんだ。でもある意味よかったよ。最後のサービスゲームでナーバスにならずに済んだから」
サービング・フォー・ザ・チャンピオンシップでミスを連発し、締めくくることができなかった20年の決勝の悲劇を、このコメントから思い出す人は少なくないだろう。無観客の中でプレッシャーに押しつぶされた日から6年経ち、再び戻って来た最終日のアーサー・アッシュ・スタジアムで満員の観客に見下ろされ、今年2つ目のメジャータイトルをつかんだ。
三強時代が来たという見方もあるが、 アルカラスがいない中での全仏制覇、そしてシナー不在で得た全米タイトルである。特にシナーには10連敗中。旧ビッグ3間の対戦成績でこれほど一方的な記録はない。一強より二強、二強より三強……ファンはより楽しいほうを知っている。新たな三強時代が深まるかどうかは、10代の頃からポスト・ビッグ3の期待を背負いながら遅れをとった29歳の、逆襲の続きにかかっているだろう。
さらに願わくば、誰もが認める第4、第5の強者が現ることを。その存在がもたらす豊富な味わいを、やはりファンは知っている。フェデラー、ナダル、ジョコビッチという史上最強の三強時代をより豊かに彩った者たちが、自身最後のグランドスラムをここで終えた。スタン・ワウリンカ、ガエル・モンフィス、そして錦織圭———。この寂寥(せきりょう)を埋める未来は近く訪れるだろうか。ハードルはとてつもなく高い。
![ZVEREV, Alexander GER[1] def SHELTON, Ben USA[8] 6-3 7-6(2)5-7 6-2 Final Men's Singles US Open 2026 13 Sep. 2026 USTA Billie Jean King National Tennis Center, Flushing Meadows-Corona Park, Flushing, NY 11368 Photographer / MANO,Hiromasa MANNYS PHOTOGRAPHY of Tokyo mannys@mannysjp.com](https://meetstennis.com/wp-content/uploads/2026/10/Shelton26913-126-scaled.jpg)
2026全米オープン男子シングルス決勝
〇ズベレフ 6-3、7-6(7-2)、5-7、6-2 シェルトン
バナー写真:授賞セレモニー後、ドレスアップしてメディアの撮影に臨んだルバキナ(上)。プレゼンターのジミー・コナーズ(右)から優勝カップを授与されたズベレフ(下) 撮影:真野博正

