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2025全仏オープン・レビュー 新時代のライバル対決:勝敗を分けた成熟と自恃

2025.06.25 / 山口奈緒美(テニスライター)

 

ガウフの成熟度が際立った決勝

はためく星条旗を見つめ、ココ・ガウフはトロフィーを片腕に抱き、右手を左胸に置いて国歌を聴いていた。21歳のチャンピオンはアメリカの人々を思っていたという。
「私たちの国では今いろんなことが起こっている。アメリカで支えを失っているように感じている人々の代表になり、そういう人たちの希望と光を映し出すような存在になれれば」
15歳からグランドスラムに出場しているガウフの成熟度が際立った決勝戦だった。

準々決勝で全豪オープン覇者のマディソン・キーズとの同国対決を制し、準決勝では地元ファンを熱狂させた361位のルワ・ボワソンのミラクルを終わらせ、準優勝に終わった2022年以来となる全仏オープンの決勝戦。相手は女王アリーナ・サバレンカだった。準決勝で全仏オープン史上初の4連覇を狙ったイガ・シフィオンテクの夢を砕き、ハードコート以外のグランドスラムでは初の決勝に駒を進めてきた。前哨戦のマドリードの決勝ではサバレンカが勝っている。

第1セット、第5ゲームでサバレンカが2度目のブレークに成功し、このセットの行方はほぼ決まったかに見えたが、ガウフが凄まじいディフェンス力で粘る。もっと深く、もっと強くと焦燥感にかられたサバレンカのミスを引き出し、4−4に追いついた。

ここからもブレーク合戦が続く。両者のサービスゲームが不安定だった原因は、コートを舞う強い風だ。第9ゲームで再びブレークして流れを引き戻しかけたサバレンカだが、続くサービスゲームで2つのセットポイントを握りながら、1度目はダブルフォルト、2度目もバックハンドをネットにかけるアンフォーストエラーで無駄にする。結局タイブレーク勝負となり、ガウフの5−3リードから、サバレンカがバックハンドのリターンエースを皮切りに執念の4ポイント連取で1時間18分の長いセットをものにした。

最後はフォアのボレーを冷静に決め、肩で息をしながら右手の拳を上げたサバレンカだが、表情を崩さず静かにコートを離れたガウフが印象的だった。

21歳にしてグランドスラム2冠を達成したガウフ。生涯グランドスラムも夢ではない 撮影:真野博正

強風に翻弄されたサバレンカ

第2セットはファーストサーブの確率を第1セットの57%から68%に上げてサービスゲームを安定させ、6−2で奪った。

最終セットも第3ゲームでブレーク。ブレークポイントでダブルフォルトをおかしたサバレンカが、陣営に向かって苛立ちを爆発させる。精神状態が特にサービスに影響しやすいサバレンカは、自滅の沼の入り口でかろうじて踏ん張っている状態だった。止む気配のない風。その悪条件の中でより冷静だったのはガウフのほうだ。
「この風では、とにかく一球でも多くボールを返すことが大事だと思っていた。正直言って、すばらしい試合は望めない日だった。でも、それも屋外スポーツの一部。思いがけないことも起こる。特にパリではね」

第6ゲームでブレークバックを許しながらも、すぐにラブゲームのブレークで再び優位に立ち、第10ゲームでサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップを迎えた。40-30のマッチポイントからサバレンカの気迫のリターンとフォアハンドのウィナーでブレークポイントを握られたが、サービスでしのいだ。マッチポイントのラリーで、ガウフのフォアの深いロブ気味のショットは大きくアウトしそうな軌道からギリギリでイン。二人とも慌ててラリーを続けたほど、最後の最後まで予測困難な風に乱されたが、サバレンカのバックハンドがサイドラインを割り、ガウフが両手で顔を覆(おお)ってコートに倒れた。

サバレンカは記者会見で、「彼女がすばらしいプレーをして勝ったのではなく、私がミスをしすぎたせいで彼女は勝った」「今日私でなくイガが決勝を戦っていたら、勝ったはず」などと言い放った。確かに、ウィナーの数はガウフの30本よりも多い37本だが、アンフォースト・エラーも同じく30本だったガウフに対して70本と散々だ。サバレンカのコメントに対し、試合中いっときも感情を表に出さなかったガウフは声明でこう述べている。
「試合後すぐの会見で、彼女はちょっと感情的になっていたんだと思う。コメントには少し驚いたけど、悪いようには解釈していない」

強風に過敏になるあまり、らしからぬアンフォースト・エラーを頻発。第2セット以降は自分のペースを保てなかったサバレンカ 撮影:真野博正

成熟、大人、円熟といった意味の“mature”を使って、ガウフのことを“Ms. Mature” と冗談めかして呼んだのは、同胞のフランシス・ティアフォーだ。そのニックネームの感想を求められると、楽しそうに笑った。
「よくそう言われるわ。ジュニアの頃も仲間たちよりも自分は大人な気がしていた。学校の授業もいつも一番乗りしていたし。確かに、自分が模範になることに誇りを持っている。2人の弟がいるからかな。よくわからない。でもテニスをするだけで他の人よりは早く成長できるような気がする。彼(ティアフォー)はどうだかわからないけど」 

そんなガウフが1回戦でラケットを忘れるという失態をおかしたので、ティアフォーは大ウケしたのだ。
「最高だったよ。“Ms. Mature” を目指す彼女がそんなことをするなんてね」

2025全仏オープン女子シングルス決勝
〇ガウフ 6-7(5-7)、6-2、6-4 サバレンカ

                   ◇

2024年に引退したラファエル・ナダルの全仏での功績を称える特別セレモニーで久々に顔を揃えたビッグ4(左からジョコビッチ、フェデラー、ナダル、マレー) 敬称略 撮影:真野博正

ベスト4入りで健在を示した最後のビッグ4

今大会、こんなふうに序盤からアメリカ勢はいいムードだった。男子も30年ぶりにベスト16に3人が入り、さらにティアフォーとトミ-・ポールは準々決勝に進出。1996年のピート・サンプラスとジム・クーリエ以来となる健闘だった。

しかしティアフォーは、5月に初のトップ10入りを果たしたイタリアの23歳ロレンツォ・ムゼッティに逆転負けし、ポールは連覇を狙う22歳のカルロス・アルカラスに完敗。トップハーフからは23歳の王者ヤニック・シナーが、ドーピング違反による3カ月の出場停止もものともせずに失セット0のまま準決勝へ勝ち進み、偉大なビッグ4の時代の火をいまだ燃やし続ける38歳のノバク・ジョコビッチも希望をつないでいた。

準決勝でシナーに敗れ退場する際、赤土に手を触れるジョコビッチ。試合後の記者会見では「最後の全仏になるかもしれない」と示唆した 撮影:真野博正

その4人なら、決勝戦はどういうカードになってもドラマチックな要素を含んでいたが、やはり時代が求めていたのはシナーとアルカラスだっただろう。大会初日のラファエル・ナダルの引退セレモニーでファンが味わった寂寥(せきりょう)を慰める締めくくりは、今想像しうる最強・最高・最長のライバルのドラマしかなかった。
2024年の全豪オープンからハードコートのグランドスラムで3連勝のシナーと、全豪以外の3大会で計4つのタイトルを持つアルカラス。この二人の若き王者がグランドスラムの決勝で対決するのは初めてだった。

男子のトップ2シードによる全仏オープンの決勝対決は過去20年に7度あるが、その全てはナダルを軸としたビッグ4内の組み合わせだ。ビッグ4以外となると、1984年まで遡らなくてはならない。かつてのローランギャロスは今以上に多くのトップ選手にとって鬼門で、トリッキーなスペシャリストが存在する特殊なサーフェスだった。ビッグ4はそれをも変えたのだ。ちなみに、41年前の決勝は、第2シードのイワン・レンドルが第1シードのジョン・マッケンローを2セットダウンからの大逆転で破る劇的な戦いだった。

シナーとアルカラスは前哨戦のローマでも決勝で対戦し、アルカラスが7-6(7-5)、6-1で勝った。「ヤニックとの対決では、他のプレーヤーとは違うエナジーを感じる」というアルカラスが7勝4敗と勝ち越してもいる。

序盤からチャンスをつかんだのはそのアルカラスだった。しかし、第5ゲームでのブレークはすぐに返され、4−5のサービスゲームで30-15からミスが続いてブレークダウンでセットを落とした。さらに、2−5から追いつきながらタイブレークで第2セットを失ったときは、全豪オープンの準々決勝から続くシナーのグランドスラムでの連続ストレート勝ちの気配すら漂った。

5セットの勝負には12勝1敗と滅法強いが、2セットダウンから逆転勝ちした経験のないアルカラスだ。第3セットもいきなりブレークを許した。
「正直言って、あのときはもう完全に彼の流れだと思った。彼は何をやったってうまくいく。ミスをしないし、全部ウィナーだ。フレームショットですらラインに乗せてくる。そんな気持ちをなんとか振り切って、とにかくあきらめずに向かっていこうと思っていた。観客にも助けられた。観客席全体がすばらしかったけど、すごく僕の応援をしてくれている一角があって、本当に力をもらった。彼らがいなければ、カムバックはできなかったと思う」

次のゲーム、シナーの30-40から怯(ひる)まずアグレッシブなプレーを仕掛け、ブレークバックに成功。第4ゲームもブレークして6-4で奪った。

「キング・オブ・クレー」の後継者への道を歩み始めたアルカラス。これからどこまで優勝記録を伸ばせるか 撮影:真野博正

グランドスラム決勝でマッチポイントを凌いだ3人目の男子王者

第4セットはさらなるピンチ……もはや崖っぷちの局面に立たされた。第7ゲームをシナーがラブゲームでブレーク。3−5のサービスゲームで0-40のトリプルマッチポイントを握られた。

しかし、「ナダルの後継者」という少年時代からの呼び声にふさわしい不屈の精神の持ち主はあきらめていなかった。
「グランドスラムの決勝でマッチポイントから逆転して勝った選手はいる。僕もその中の一人になりたかった。1ポイント1ポイント、自分を信じて戦うことだけ考えた」

5ポイントを連取してサービスをキープ。絶対のチャンスを逃したシナーに追い討ちをかけるように、続くサービング・フォー・ザ・チャンピオンシップで土壇場のブレークバック。すでに4時間を超えても、ブレないフィジカルバランスを誇示し合いながら、まったく衰えない強度と精度を兼ね備えたショットを繰り出し、息を飲むラリーが繰り広げられる。

バトルは最終セットのタイブレーク、つまり10ポイントのマッチタイブレークまでもつれた。シナーがひどく崩れたわけではなかったが、この最終局面で一方的にリードを広げたのはアルカラスだった。
「ミスを恐れず、自分から決めにいくんだ。そう繰り返し自分に言い聞かせていた。今日は、自分を信じ続けたことが全てだったと思う。だから困難な状況や重要な場面でベストのテニスができた」

柔軟な攻撃、スーパーショットの連続。9−2でのマッチポイントを握ったアルカラスのフォアハンドのパッシングショットが決まり、全仏の決勝としては最長記録となる5時間29分の死闘は終わった。5セットを通した獲得ポイントはわずか1ポイント差、193対192でシナーが上回っていた。
「たくさんのチャンスがあったのに、どれも生かせなかった。もちろんつらいよ。でも本当にハイレベルな試合だった。大きなトロフィーを手にすることができたらもっとよかったけど、それでも自分がこの決勝を戦えたことをうれしく思う。いつまでも泣いているわけにいかない」

数々のレジェンドがSNS(ソーシャルメディア)に祝福や労(ねぎら)いの投稿をした。フェデラーはこんな言葉を贈った。
「今日パリには3人の勝者がいた。アルカラス、シナー、そしてテニスという美しいゲーム。なんという試合!」

アルカラスが言ったように、過去のグランドスラムの決勝でもマッチポイントをしのいだチャンピオンがいる。しかし、男女それぞれ二人しかいない。その一人が2019年ウィンブルドンのジョコビッチで、相手はフェデラーだった。それがフェデラーにとって最後のグランドスラム決勝になった。

時は巡り、新しい時代のライバル・ショーが派手な花火を打ち上げた。

ブランク明けにもかかわらず決勝まで順調に勝ち進んだシナー。世界ナンバー1のテニスは健在だった 撮影:真野博正

2025全仏オープン男子シングルス決勝
〇アルカラス 4-6、6-7(4-7)、6-4、7-6(7-3)、7-6(10-2) シナー

バナー写真:(上)=フルセットの末、2年連続優勝を果たしたアルカラス(左)と敗れたシナー(右) (下)=表彰式でガウフ(右)の肩に手を置いて語りかけるサバレンカ(左) 撮影:真野博正

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