COLUMN

コラム

2023全米オープン・レビュー 男女同額賞金施行50周年を飾った2つの歴史的記録

2023.09.25 / 山口奈緒美(テニスライター)
グランドスラム24回を記念し用意されていたメモリアルジャージを着て優勝カップを掲げるジョコビッチ 撮影:真野博正

優勝が決まった瞬間、コート上に座り込んで泣き崩れるガウフ 撮影:真野博正

セリーナ以来の10代米国人女王の誕生

全米オープンで女子テニスが男女同額賞金を勝ち取ってから50年の節目の年。この大会が半世紀も前に実現させたことを誇り、会場のいたるところに“50周年”を祝うフレーズや記念のアイテムが溢れていた。

自ずと女子への注目が高まる中、10代の新チャンピオンが生まれた。フロリダ生まれの19歳、ココ・ガウフが週明けのランキングで新女王となることが確定していたアリーナ・サバレンカとの決勝で2-6 6-3 6-2の逆転勝利。1999年にセリーナ・ウィリアムズが17歳で全米を制して以来の、自国10代のグランドスラム(以下、GS)女王の誕生となった。男女の同額賞金を先頭に立って成し遂げたこの国のレジェンド、ビリー・ジーン・キングの目の前で、女子テニスの未来を象徴する若い才能が大輪の花を咲かせる、絵に描いたようなクライマックスだった。

サバレンカの凄まじい強打に対し、驚異のコートカバー力で対抗したガウフの守備は最後まで崩れなかった。ウィナーの数はサバレンカ15本にガウフ13本とやや下回ったが、アンフォーストエラーを46もおかしたサバレンカに対して、ガウフは半分以下の19。特に最終セットは16対2と終盤の集中力を見せつけた。

試合を通じてハードヒットを繰り出し続けたサバレンカ。ミスの多さで明暗を分けたが、世界ランク1位となる「新女王」の威厳は見せつけた 撮影:真野博正
試合を通じてハードヒットを繰り出し続けたサバレンカ。ミスの多さで明暗を分けたが、大会後、世界ランク1位となる「新女王」の威厳は見せつけた 撮影:真野博正

優勝スピーチで言い放った皮肉が印象的だった。

「私のことを信じなかった人たち、どうもありがとう。批判は私の炎に水を差すのではなく、油を注いでくれたのよ。おかげで今私はこうして煌々(こうこう)と燃え盛っている」

初出場は4年前の2019年だった。ウィンブルドンでの4回戦進出で脚光を浴びた15歳は、満員のアーサー・アッシュ・スタジアムでディフェンディング・チャンピオンだった大坂なおみに完敗した。ベソをかいてコートを去ろうとするガウフは、「オンコート・インタビューを一緒に受けよう」と大坂が演出したドラマの中で、15歳らしいナイーブな姿を見せていたが、その5カ月後には全豪オープンで大坂を破ってみせる。同年にツアー初優勝も果たし、22年は18歳で全仏オープンの決勝に進出。トップ10入りも叶えた。

第1セットを奪われても粘り強くポイントを重ねていったガウフ。サバレンカの強打に対して一歩も引かなかった 撮影:真野博正
第1セットを奪われても粘り強くポイントを重ねていったガウフ。サバレンカの強打に対して一歩も引かなかった 撮影:真野博正

優勝請負人のスタッフ入り

着実な成長のように見えても、ガウフにとっては違ったようだ。尊敬し、憧れるウィリアムズ姉妹の、特にセリーナとの比較はガウフのプレッシャーをつのらせ、同じ年齢でセリーナが成し遂げたことをできない自分を否定してきたという。自信のなさが試合中の脆(もろ)さを招いた。

2023年のウィンブルドンは1回戦敗退。ガウフは敏腕コーチと呼ばれたブラッド・ギルバートを2人目のコーチとしてチームに招いた。『ウィニング・アグリー』(日本文化出版)の著書で知られるギルバートは、かつてアンドレ・アガシやアンディ・ロディックなどを指導し、コーチに就いたその年にグランドスラム優勝に導いている。

メンタル面の問題で伸び悩んでいたガウフを見事に再生させたブラッド・ギルバート(前列右)。就任してすぐに結果を出す手腕には改めて注目を集める 撮影:真野博正
メンタル面の問題で伸び悩んでいたガウフを見事に再生させたブラッド・ギルバート(前列右、左はペレ・リバ・コーチ)。就任してすぐに結果を出す手腕には改めて注目が集まっている 撮影:真野博正

君にはもっと笑顔が必要だ———。ガウフが初めてギルバートと話したとき、彼はまずそんな話をしたという。また、長年ESPNなどで解説を務めているギルバートは他の選手の情報を豊富に持っており、対戦相手ごとに授ける戦術は的確で、試合中の意思決定を助け、引き出しの多いガウフの能力を生かした。

「自分のテニスに自信が持てるようになった。彼は解説者として私の試合をたくさん見ているし、最高の選手たちのコーチもしていた。そんな人の言うことは私の中にすんなりと入ってくる」

それから5週の間に、WTA(女子テニス協会)500を獲り、WTA1000を獲り、そしてグランドスラムを獲った。

ただ、ギルバートとつかんだ成功という視点で取り上げられがちだが、今夏3年半ぶりに現役復帰したキャロライン・ウォズニアッキとの注目の4回戦ではこんなシーンもあった。今のルールではボックスからのコーチングが許されているが、話し続けるギルバートに向かって「ちょっと黙ってて!」と叫んだのだ。

勝利後のオンコート・インタビューで「私は試合中は自分で考えて進めたいタイプだから」と説明した。ギルバートはガウフの一番の才能は「謙虚さ」だと言っているが、相当な強気もうかがえる。表彰式で優勝賞金300万ドル(約4億4200万円)を手にすると、「ビリー、ありがとう、戦ってくれて」とおどけながら礼を言い、スタンドは沸いた。2022年4月から1位の座を守ってきたイガ・シフィオンテクと、全豪の決勝を戦ったサバレンカとエレナ・ルバキナが3強の地位を固めつつあったところへ、颯爽(さっそう)と割り込んできた19歳。その勢いが続けば、トップ争いはますますおもしろくなるだろう。

50年前にこの大会で男女賞金同額を実現させたビリー・ジーン・キングさん(右から2人目)からトロフィーを手渡されるガウフ 撮影:真野博正
50年前にこの大会で男女賞金同額を実現させたビリー・ジーン・キングさん(右から2人目)からトロフィーを手渡されるガウフ 撮影:真野博正

2023全米オープン 女子シングルス決勝
〇ガウフ 2-6、6-3、6-2 サバレンカ 

                      ◇

メドベージェフの強打に振り回されながらも、俊敏なフットワークで見事に対応したジョコビッチ 撮影:真野博正
メドベージェフの強打に振り回されながらも、俊敏なフットワークで見事に対応したジョコビッチ 撮影:真野博正

コートの優勝から50年目にコートに並んだジョコビッチ

テニス史上初めて男女が同額の賞金を受け取ったとき、その優勝賞金は2万5000ドルだった。今の感覚だと、「たったの」である。それを手にしたのは、テニス界のウーマンリブの旗頭だったビリー・ジーンではなく、オーストラリアのマーガレット・コートだった。コートはその優勝で通算24回目のGS制覇を達成し、その後50年もの間破られることのなかった記録を作る。23まで迫ったセリーナも、その数を伸ばせないままラケットを置いた。

2万5000ドルが300万ドルになるほどの長い時間と目覚ましい発展を経て、50年の節目に同じ大会でその記録に男子が挑むとは、なんというドラマチックな巡り合わせだっただろう。ウィンブルドンでその機を逃した36歳のノバク・ジョコビッチが、ついに通算24度目のメジャー制覇を成し遂げ、ウィンブルドンで敗れた20歳のカルロス・アルカラスに2カ月半譲っていた王座も奪い返した。

山場はまさかの3回戦だった。相手は同胞の8歳年少のラスロ・ジェレ。世界ランク38位のジェレが2セットを先取した。就寝時刻を守り、ここまでしか見られなかったというアルカラスは翌日、自身が3回戦を勝ったあとの記者会見でこう話す。

「でも間違いなくノバクが逆転すると思ったよ。史上最高のプレーヤーであることをまた見せるんだろうってね。ノバクの2セットダウンからの逆転勝ちはこれまで6回とか7回とか……信じられない」

GSデビューから3年のアルカラスにはまだその経験がない。彼の記憶は正しく、ジョコビッチにとってはこれが8回目の2セットダウンからの勝利だった。それを可能にする体力と気力が健在であることを証明した。

数字が物語る凄まじい激闘

セットを失ったのはその試合だけだったが、再びジョコビッチの真骨頂を見たのは決勝戦だ。準決勝でアルカラスを倒してきたダニール・メドベージェフが相手だった。6-3 7-6(7-5) 6-3のスコアは一方的に見えるかもしれないが、どれほど凄まじかったか、数字が物語っている。今の時代の緻密な試合データでは、1ポイントごとに両者が走った距離まで弾き出されるのだが、その平均の数値がジョコビッチは84.4フィート(約25.7メートル)、メドベージェフは83フィート(約25.3メートル)。この数字だけではピンとこないが、これはジョコビッチが走った距離としても相手を走らせた距離としても今大会7試合の中で最も長い。

他の6試合でジョコビッチが走った距離の1ポイント平均は、58.1フィート(17.7メートル)だ。試合全体の距離としては1万8136.4フィート(約5528メートル)、他のストレート勝ちの試合のほぼ2倍にあたる。

持ち前の強打だけでなく、抜群のフットワークでディフェンス面でも世界トップクラスの実力を印象づけたメドベージェフ 撮影:真野博正
抜群のフットワークを見せ、ディフェンス面でもジョコビッチと双璧の実力を印象づけたメドベージェフ 撮影:真野博正

ツアー屈指のコートカバー力を誇る2人が、互いにその鉄壁を打ち破ろうと右へ左へとライン際を攻め立て、ドロップショットを仕掛け、ネットを襲う。その結果が、ジョコビッチが「ネバー・エンディング・ストーリー」と表現した気の遠くなるようなラリーの連続だった。

メドベージェフは「カルロスとの準決勝は僕のキャリアでもベストの試合の一つだった。2年前の決勝でノバクに勝った試合もそうだ。でもそういう試合を続けてするのは難しい」と試合後にはさばさばした様子で話したが、タイブレークにもつれた第2セットであと1ポイント取れていれば、勝負はわからなかった。

第12ゲームのジョコビッチのサービスゲームではメドベージェフにセットポイントがあった。ここでサーブアンドボレーに出たジョコビッチが2本目のボレーをオープンコートに送った。第1セットは6回しかネットに出なかったジョコビッチが、このセットは23回も出て、うち21回を成功させた。ロングラリーで苦しめられていたことは間違いなく、明らかに疲弊していたが、ジョコビッチにはこの選択肢があり、それを有効に行使した。

ベ―スラインでの打ち合いだけでなく、ネットにつめた二人の攻防も見応え十分だった 撮影:真野博正
ベ―スラインでの打ち合いだけでなく、ネット際での二人の攻防も見応え十分だった 撮影:真野博正

こうしてピンチをしのいだジョコビッチはタイブレークでもフィジカルとメンタルのバトルを制し、勝利を深く手繰り寄せた。

「正直言うと、セカンドセットは何度か酸欠のような感じになったよ。足にもきてたしね。ラリーであんなに疲れた記憶はない。あのセットはダニールが勝っていた。タイブレークでなんとか流れを変えられたのはラッキーだった」

ファミリーボックスに集まったコーチや家族、スタッフもお揃いのジャージを着てジョコビッチの優勝を祝福した 撮影:真野博正
ファミリーボックスに集まったコーチや家族、スタッフもお揃いのジャージを着てジョコビッチの優勝を祝福した 撮影:真野博正

最大の挑戦となる2024年

対戦成績はこれでジョコビッチの10勝5敗。メドベージェフの5勝のうち5セットマッチのGSは2年前の全米決勝だけだが、ジョコビッチにどう勝つかのイメージは明確になっているはずだ。もちろんアルカラスも、これらを見ていた他の若い選手たちも……。

ジョコビッチが表彰式用に着替えた白い長袖のウェアには“24”の数字が刺繍(ししゅう)され、チームの皆もお揃いだった。ウィンブルドンで用意していたものに違いない。年間GSを年初の目標に定めるのが恒例だという中、「あと一つ」に終わった年は今年が4度目となった。達成感の裏にある失望。それは、来年37歳を迎える史上最強の王者をいっそう奮い立たせる。

コーチのゴラン・イワニセビッチはさらりと、しかし確信を込めて言った。

「24のGSを獲って、なお彼はハングリーだよ。挑戦することが好きでしょうがないんだ。24の次は25、25を獲ったなら26を狙わない理由はない。常にもうひとつ、さらに先を求めている」

年間GSはあきらめていない。来年はオリンピックイヤーでもある。輝かしいビッグタイトル・コレクションの中に唯一存在しないオリンピックの金メダル。24年はジョコビッチ最大の挑戦の年になりそうだ。

2023全米オープン 男子シングルス決勝
〇ジョコビッチ 6-3、7-6(7-5)、6-3 メドベージェフ

バナー写真:ラコステが用意したGS制覇24回記念ジャージを着用し、優勝トロフィーを掲げるジョコビッチ(上)。優勝が決まった瞬間、コートに座り込んで感涙にむせぶガウフ(下) 撮影:真野博正

トップに戻る